桜洲

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かつては新洲、欧州と呼ばれていたが、1935年7月に桜洲と改称された。桜洲のトータル面積は6.59ヘクタールで、環洲に囲まれていて、四面に水に囲まれた洲の中の洲である。南唐は滅亡して李煜が捕虜された後、ここに軟禁されたと伝えられている。清代になると、洲にある冊庫はほとんど破壊されたが、さくらんぼは極めて多い。春の三月になると、緑色と赤色が非常に濃くて鮮やかである。初夏になると、赤い実が累々と成熟した。「六朝の煙水は最も魅力的で、玄武のさくらんぼは唇を染めることができる」。玄武湖のさくらんぼは色が赤くて味がよく、玄武湖の3大特産物の1つで、「金陵の5大銘菓」の1つと評定されている。康熙皇帝は5回目に南方を視察した際、江寧織造府に駐屯して、サクランボの成熟期に当たり、江寧織造府の曹寅は桜洲産のサクランボを献上して、皇帝は大喜びし、それで献上品と成り遂げた。1911年に、華僑革命飛行団は設立され、孫中山先生は自ら桜洲にて民国初期の南京初の飛行場を建設するよう命じた。1933年に、民国の中央映画撮影所は玄武湖を重要な撮影基地として、且つ国内で当時最新式の有声映画場を建設した。今、桜洲は南京の桜品種の集中地で、1000本余りの桜が植えられ、品種は20余りがある。大地が春になるたびに、桜の花は枝に満ちていて、色が真っ赤になり、火のようで霞のようで、それで「桜洲花海」という美称がある。